私の本棚 直木孝次郎
直木孝次郎 日本古代国家の成立
日本古代国家の成立
内容
四世紀の崇神天皇に始まる三輪政権が、応神天皇を始祖として瀬戸内海の制海権を握った河内政権により征服される過程や、壬申の乱の後に天武天皇が実力で全権を掌握するまでを綿密に解説。また稲荷山古墳鉄剣銘を独自に読み解き、雄略天皇の日本統一をめざした戦いを明らかにするなど、古墳や遺物に秘められた謎を著者ならではの緻密な分析と推理で解く。古代史の泰斗による日本国家成立の大検証。
目次
1 邪馬台国(邪馬台国の習俗と宗儀
邪馬台国位置論の意義 ほか)
2 国家の形成(崇神天皇と三輪政権
河内王朝 ほか)
3 古道(山の辺の道
河内の古道 ほか)
4 遺跡と遺物(古代ヤマト政権と鉄剣銘
稲荷山古墳鉄剣銘に関する一試論 ほか)
1996,12,10刊行
講談社学術文庫
2004,2,9読了
・私の古代史の読書は、@卑弥呼、A聖徳太子 B中大兄皇子とたどってきたが、@とAの間、即ち崇神・応神・雄略の時代と、Bの後の壬申の乱が空白であったが、今回、そのアウトラインを知ることが出来た。資料の少ない古代史の世界を、幅広い事実検証と、気骨ある想像力で展開する著者の物語に引き寄せられた。
・後段の高松塚古風をはじめとする遺跡・遺物論は古代史の重要な要素と思われるが、私は勉強不足で、この本をきっかけに今後理解を深めていきたい。
情報価値 ☆☆☆☆★
直木孝次郎 日本神話と古代国家
日本神話と古代国家 ・神話の条件として著者は、「神々の物語が、一部の人の創作でなく広く民衆に支持され、宗教性と呪術性をもつこと」をあげる。『記・紀』編纂の過程で、また明治以後の歴史教育のなかかで、日本神話はどのように潤色が加えられたか。天孫降臨の話やカマトタケル伝説、三種の神宝などの具体例をもとに、綿密なる文献学的方法による研究を進め、古代国家の歴史と形成に果たした神話の実体を明らかにした労作。
(内容)
T、日本神話の歴史
U、建国神話の形成
V、古代史研究と津田史学
1990,6,10刊行
講談社学術文庫
2004,2、19読了
(立川図書館の保存館から借りて詠む)
・私は昭和23年のに小学校入学であり、神話教育を受けていないが、うろ覚えで、天照大神神話、神武東征神話などの記憶がある。この本で、あらためてこれら神代神話の中味、その意味合いについて確認できたことは、意義深かった。
・天孫降臨・天譲無窮を柱とする神代史が、「わが国の統治者としての皇室の由来を語ったもの」であり、支配者である朝廷の貴族達が天皇による日本支配の正当性を説明するために造り上げた架空の物語である(津田左右吉説の立場)を支持する著者の説明は明快である。
・今日の教科書問題で、文部官僚が画策する神話教育への動きが当時の貴族たちと通じると著者は示唆する。
情報価値 ☆☆☆☆☆
直木孝次郎 万葉集と古代史
万葉集と古代史
内容
万葉集は、古代史の宝庫である。有間皇子・額田王・大伴家持など、白鳳・天平時代を代表する歌人たちの生き方や政治とのかかわりを追究。作者の心理まで立ち入り、日本書紀・続日本紀では窺えない歴史の一面を考える。
目次
万葉歌成立期の人と歌(有間皇子の変と追悼の歌―政治批判の萌芽
額田王の生きかた―通説を疑う)
天武・持統朝の宮廷の人びと(悲運の人大津皇子―その没落の過程
天智天皇の皇子と持統朝―川島皇子と志貴皇子の場合 ほか)
奈良朝初期の政治と歌人(元明天皇と御名部皇女―皇位をめぐる姉妹の心のうち
大宰府における大伴旅人―小野老を迎える宴を中心に ほか)
政争の季節(心を通わせる元正太上天皇と橘諸兄―光明皇后と藤原氏を相手に
大伴家持の悩み―政治と風雅の二つの道 ほか)
2000、6,1刊行
吉川弘文館
2004,2,20読了
・額田王「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」
・大海人皇子「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」
ーー天智天皇が蒲生野に遊猟したときの有名な贈答歌であるが、大海人(のちの天武)の人柄と、額田王の自立した女性の姿が浮んでくる。
・古代の王権をめぐって、天智に殺された有馬皇子、持統に殺された大津皇子の無念が、万葉における辞世の歌として残り、それはそのまま古代史となる。二人のほかにも次々と歴史の一コマ一コマが、歌となっていくさまは、さながら古代の一大ミュージカルのようだ。。
・私がまだ勉強できていない奈良朝以降の他は、各時代のヒーロー・ヒロインが、次々と登場し、親近感を待たせてくれる。
・著者の構成力で大変魅力ある本になった。
情報価値 ☆☆☆☆☆
直木孝次郎 人物叢書 持統天皇
古代国家の完成期として、また文化の興隆期として、日本史上のエポックとなった白鳳時代を指導した持統天皇の波乱に満ちた生涯を、その人間性を掘り下げながら浮き彫りにする。とくに律令体制の形成過程に焦点をおき、天皇が父天智、夫天武の偉業を受け継いで、これを完成させるに至る栄光と苦難の半世紀が解明される。
@誕生(天智天皇の娘) A大化の改新 B幼年時代 C結婚前夜 D皇子誕生(草壁皇子) E天武天皇の政治 F草壁皇子と大津皇子(姉の息子・甥) G皇位につく(皇親政治) H藤原の宮 I晩年と死
1960,3,5初版
1994,5,20新装版
 吉川弘文館刊行
2004,4、1読了
・天智天皇の娘でありながら、壬申の乱ではいちはやく夫天武とともに天智軍討伐側に組し、天武亡き後、天武の吉野の誓いを反古にして、すばやく大津皇子を謀反の意思ありとして失脚させ、我が子である草壁皇子擁立に向けた工作を行うなど、父天智を反面教師としつつも、父の冷徹な政治を見習う意志強固な女性天皇の姿が姿が印象的である。
・結局草壁皇子は早世し、持統の母親としての夢は実現しないが、孫の文武天皇の即位まで、元明・元正と女帝が続き、さらに、文武のあとの孝謙天皇・光明皇后の時代と、女性天皇と藤原氏の台頭が現出する。
情報価値 ☆☆☆★★